3Dプリンターの歴史
「3Dプリンター」は、もともと工業用として、自動車や家電製品の部品をサンプルとして試作するために利用されてきました。特許が切れたため、低価格化が進み近年急速に普及してきています。
私も1990年中頃に勤めていた会社の商品開発部門で3Dプリンターを導入するために、当時主力のメーカーを訪問したのを記憶しています。その頃の価格は1000万円以上する高価な装置でした。
また、その頃は「3Dプリンター」という言葉ではなく、ラピッドプロトタイピング(RP)と呼ばれていました。ラピッドプロトタイピングとは早く(Rapid)試作する(Prototype)という意味です。個人や零細企業が導入するには敷居が高い状況でした。多くは大企業の商品開発部門や試作を専門とする業者等で導入されていました。
3Dプリンターは誰が考えたのか?
3Dプリンターを考え付いたのは、実は日本人でした。
1980年に名古屋市工業研究所の小玉秀男さんにより開発されたのがスタートです。小玉氏は特許を出願しましたが、国内で実用化に興味を持つ企業が現れなかったそうです。出願した特許は小玉氏が審査請求を忘れたままに留学しており、その間に出願審査請求の期限である7年が過ぎたため失効しました。
ちょうど審査請求権が失効した1987年にアメリカのチャック・ハル氏が3Dプリンターの基本特許を取得し、その後、世界最大の3Dプリンターの会社である「3D Systems」を創業することになります。
日本は特許大国と言われ、世界の10分の1を占めており、年間の出願件数は約40万件にのぼり、アメリカの約2倍近くの特許を出願しています。ところがその3分の1は使用されていない状況です。日本における特許出願の目的は競合から防衛するためのものが多いようです。
このように日本は多くの特許を所有しているにも関わらず、事業に活用しきれていないのは残念なことです。
アメリカでは特許を上手に活用して新しいビジネスを展開していく企業が多く生まれるようです。
3Dプリンターの世界で有名であるストラテシス社では、3Dプリンターの特許を取得して事業を展開しています。1980年後半に熱溶解積層法(FDM)という造形法の特許を取得し、これが現在の主流の造形法となっています。
※ 熱溶解積層法(FDM)は樹脂を熱で溶かして積層する造形方法です。
ストラテシス社のカタログより
3Dプリンターのブーム到来
2009年に特許取得後20年が過ぎたため、3Dプリンターの低価格化が実現でき、家庭用に至るまで一気に普及が始まりました。
2012年にアメリカの「3D Systems」が個人向けの3Dプリンターとして「Cube」を発売しました。
2013年、アメリカの元Wired編集長であるクリス・アンダーソン氏が「MAKERS 21世紀の産業革命が始まる」という本を出版しベストセラーとなったのがきっかけとなり、3Dプリンターのブームがはじまることになるのです。
これまで企業(メーカー)だけが独占的に商品を開発して販売できていたものが、個人レベルで実現できるようになり、産業の構造が大きく変化する時代が近い将来近づいています。3Dプリンターでは、まだまだ作れる商品が限定されておりますが、その技術は日進月歩で、ますます進化を遂げていくことでしょう。
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